少し前に、新型コロナ感染症が怖い人は人生にポジティブな意味を見出していて、これまで死のことを考える必要もなかった幸せな人だというようなことを書きました。
もしかしたら私の言葉が足りず誤解されたかも知れないので、補足させて貰おうと思います。
新型コロナ感染症のような病気や死を恐れるのは当然であって、特にその人のように高齢のご両親がいて結婚相手には持病があって学校に通うお子さんもいる人ならなおさらです。失うものがある人を、だからと言って責めているのではないです。
私が書きたかったのは、生きることにポジティブな意味があるのならという前提ですが、死ぬことをただ恐れて生きることの無意味さでした。
死なないようにしている、というだけでは生きているとは言えないような気がします。
極端な例ですが、がんで余命が数ヶ月だと宣告されている人が最後に行きたいところに旅行をしたい場合でもそれを自粛せよと言えるか、ということです。別段余命宣告されている人ばかりではなくて、いつ何があって死んでしまうかわからないのが生きているということです。
誰しも、今年の桜が見られるのは今年だけなのです。
そしてそもそも生きることに意味があるという前提ですが、私自身はそれに大きな疑問を抱いています。
生きていることにおそらく意味はないけれど、自分にとって誰かにとって意味があるものにしたくて足掻いている、そんな存在が人間ではないかと思います。
Comments