不要不急

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昨日の緊急事態宣言には、勤務先のある兵庫県が地域として含まれていました。休業が要請される業種ですので、しばらくは基本的に自宅で過ごすことになりそうです。

京都の三大祭の一つ、5月の葵祭も一部の神事を除いて中止になりました。斎王代も選ばないそうです。

自粛要請には法的拘束力はないにもかかわらず、おおむね従うところは、良くも悪くもいかにも日本的です。

それはともかく、新型コロナウイルスが蔓延し始めてから、毎日のように不要不急の外出は控えるようにという言葉を聞きました。

ですが考えてみると、不要不急に思われることこそが文化というものを作ってきたのではないかと思います。

しなくても、なくても、生きていくことはできるもの。言葉を変えると、余計なこと。

それが文化。

地球の環境が人間社会に単なる生命の維持以上の活動を許してきたがゆえに、今までの歴史と文化の状況がある訳ですが、それはもしかしたら偶然の産物だったのではないか、という気がしています。

とはいえ、ニュートンが万有引力の法則を発見したのは、ペストが流行して仕事が暇になった時だったそうですので、それほど悲観的にならなくてもいいのかも知れません。

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