苦手

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私には女子校に通っていた経験がありますが、そのときに溶け込めなかった違和感の原因は2つあったと思います。

1つ目は、仲良しグループの存在。なぜか、誰もがクラスのどこかのグループに入っていないといけないという不文律がありました。

2つ目はいわゆるガールズトークで、無責任な噂話が好きな人が多かったことです。それに加わることで仲間の結束を強めていた。

もちろんそれは女性に限らず、大学でも社会でも人の集団というものは多かれ少なかれそんな感じでした。人が3人いれば派閥が出来る、というのは本当かも知れません。

ですが、彼女たちの発していた仲間意識とその逆のいわば仲間外れ意識というものは、今思い返してみても何というのか関わると面倒なイメージをぬぐうことが出来ません。

それは、思春期の女の子独特の感覚がベースにあって(言い方は悪いですが好きなものは好き、キモいものはキモいということが行動原理)、理屈が通用しないことがそのような私に印象を与えたのかも知れません。

発達障害、特にASD(アスペルガー症候群)の人の脳は男性的だと表現されることがありますが、そのジェンダー表現の是非はともかく、人同士の「共感」をベースにしたコミュニケーションがメインの人を女性的とするのならば、確かにASDの私の脳は男性的だと思います。私にはコミュニケーションは情報の伝達であって、共感の伝達とは捉えていないところがあります。

共感ベースのコミュニケーションは、言外に「あなたもそう感じるでしょう?私もそう。だから私たちは仲間」という意味合いが付加されています。

それに気づかずうっかり反論したりしてしまうと、仲間外れの烙印が押されるのです。感情が共有出来ない冷たい人は拒絶、というわけです。

もちろん、歳とともに世間話に調子を合わせたり社交辞令を受け流したりすることはそれなりに出来るようになるのですが、何度も手痛い失敗をしているので私の中には噂話や世間話に対する恐怖心が植え付けられてしまっています。

外見は普通の中年のおばさんなので、病院の待合室やバス停などで雑談というのか世間話をしてくる人が多いのですが、今でも誰かと世間話をする羽目になったときには逃げ出したくて背中にうっすら冷や汗をかいてしまいます。

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