不在

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一時期、知人に勧められて村上春樹の書籍を読んでいたことがあります。それ以来、短編までは手が回りませんが、これまでに出版された長編はすべて読んだのではないかと思います。

とはいえ知人に勧められて初めて触れたのではなく、大学生だった頃に『ノルウェイの森』がベストセラーになったので、読まなければならないような気がして手にしたことがありました。ですが、当時の私は読書などという精神状態ではなかったためか、さっぱり記憶から内容が消えてしまっていました。

知人が私に勧めてくれたのは、『ねじまき鳥クロニクル』です。2007年にそれを読んだ私は、村上春樹はノーベル文学賞を取るかも知れないとその時には思ったのでそう言うと、実際候補になっているようだという答えが返って来て驚きました。

なぜ私がそう思ったのかというと、彼の小説の世界や主人公たちには決定的に何かが「欠落」していて、それは現代を生きる人間の共通の問題のように思ったからです。

言うならば、自分が生まれる前に起こった何かのために、あらかじめ世界から失われてしまったもの。あるいは損なわれてしまったもの。その目に見えない「不在」「瘢痕」を描く力があると感じられました。

今でも基本的には、村上の小説は写真で言うならばネガで、現像しなければ何が描かれているのかは完全には把握出来ないような印象です。

また後になって徐々にわかったことですが、おそらく「悪」の普遍性というものも村上作品の主題となっています。

そんな彼が地下鉄サリン事件に強い関心を持ち、2冊もそれに関する書籍を出版したのは偶然ではないと思います。そしてそれは、彼がいわゆる団塊の世代に属することとも無関係ではないでしょう。

オウム真理教については私も少し書きましたが、戦後の日本社会の目に見えない欠落を象徴しているのがオウム事件だと思うからです。

明日に続きます。

 

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