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就職氷河期以降の今のネット社会は、人を商品として消費することをどんどん推進していく感じです。安定した職に就いたり「おいしい」思いをしたりするためには、積極的に自分自身で自分のことを商品扱いするような印象もあります。小学生がYoutuberに憧れるというのも、自分という商品を手っ取り早く高く売ることが出来る人だからということなのではないかと思います。芸能人も同じです。

世の中の仕事には、他の人では出来ない・代替が効かないというものは僅かな例外を除いて存在しないので、職業に就くということはそもそもが社会の歯車になることであり、使い捨ての消耗品となることだと思います。

私自身は斜陽産業というのか市場が縮小する分野にいて、なおかつ自分に売るもの(スキルや経験など)がほとんどないので、自分の代わりはいくらでもいるだろうと素直に思います。発達障害の鬱病患者なので、もちろん積極的に雇いたいと思われる筈もありません。本当に何も売るものがないので、今の職場をクビになったらまずは時間を売る(時給で働く)ことを考えると思います。

ですが、就職氷河期以前の「いい会社」で「偉く」なった人や、「いい大学」を出てそれなりに自分に自信がある人はそのような意識は持てないかも知れないと思います。そして人を商品やコマのように使い捨てにしているのは、往々にしてそれらの自分(だけ)は使い捨てでなくかけがえのない人材だと思っている人たちだということも興味深い点です。

私は仕事中は別人格になるというのか仕事用の人格をまとっている感覚です。つまり、私自身でなくその人格が商品になっていて、周囲や相手はそれを消費するという感じです。

生育環境がおかしかったせいで、もともと自分以外の人にあまり自分の本性と言うのか本当の自分を見せたくないと無意識に頑張っているので、人と接していると自然にその相手専用の人格になってしまうのですが、それを少し意図的に行う感じです。そのようなことはもちろん疲れますが、そのようなことに慣れているのは今の世の中では悪くないことなのかも知れません。

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