責任

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日本で自己責任論が跋扈するようになったのは、私が鬱になった頃くらいでしょうか。その言葉を耳にするようになったのは就職氷河期からでしたが、非正規労働の増加や生活保護バッシングなどもあって、今では貧困や病気は自己責任だと断言してもそれが非難されることはあまりないようです。

何かで読みましたが、アンケートで貧困に陥った人や病気に苦しむ人を助ける必要はない、と答えた人の割合が他国に比べて日本では高かったそうです。それどころか、例えば新型コロナウイルスに感染した人(意思とは無関係に誰かからうつされた被害者とも言える)を非難したり、差別したりする人もいるようです。

日本人はだいたいにおいて真面目な人が多く、それはおそらく閉鎖的で資源の乏しい国なのでそのような国民性になっていて、「働かざる者食うべからず」という言葉がそれを示しています。国会議員が特定の人の集団を「生産性がない」と言って物議を醸したこともありました。

自己責任という言葉について思うことは色々ありますが、そもそも「貧困や病気は本人が原因を作っているのだから、政府や周囲に頼るな」というロジックは誤っています。

誰もが自分の意思で生まれてきたのではない以上、どんなことも100%自分が原因で起こるのでも、100%周囲が原因で起こるのでもありません。例えば、病気になりたくてなる人はいません。生活習慣病のように一見自業自得に見えるものであっても、持って生まれた体質や環境がそうさせている部分があります。

運や環境がそうさせている部分があるため、貧困や病気を自分の力だけで解決することは困難で、昨日も書きましたがそのような時に頼るべき対象は国家(政府)であり、まさしくそのために国家があるのです。

あるいは、功利主義的に言うと「使えない」社会の構成員をばっさり切り捨てるよりも、使える状態にしてセカンドチャンスを与える方が全員にとっていい結果をもたらします。

私自身、鬱病になっても実家に頼ることは出来なかったので(病気を悪化させるだけであることが明らかなので、鬱になったことも言っていません)、医療制度にはとても感謝しています。日本の医療や健康保険には欠陥もありますが、救われている人も多いと思います。

そして、弱者が生まれるシステムを問題視せず、弱者自身の責任だけを問うのは若干的外れです。

自己責任論の背景には、平成の間はほとんど経済成長がなかったので、他国と比べて相対的に日本社会が貧しくなり、かつ、中間層が没落して格差が開きつつある現状があると思います。例えばブラック企業で心身を擦り減らしているような状況が、自己責任論を生む土壌です。

本音では、誰もが苦しいから自分を助けて欲しいと思っていると同時に、自分が切り捨てられる不安を抱いているのです。貯蓄率の高さがそれを示しています。

一体なぜそんなに不安なのか。

それは、「自分の意思ではどうにもならないこと」があるからではないのでしょうか?

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