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昨日ネットで見かけた発言について、思ったことをここに書いてみます。

安倍氏が総理大臣を辞任すると表明した後、とある野党の議員が安倍氏のことを「大事な時に体調を壊す癖のある危機管理能力のない人」と表現されていました。その発言は病気を抱えて働く人全体に対する暴言としかいいようがないのでもちろん多くの人の批判がありましたが、私の見方は少しだけ違っています。

ある人の病気の辛さというものは、その人本人にしか「絶対に」わからないものだと思います。例え同じ病気でも、人によって肉体的条件や環境が違うからです。ましてや健康な身体を持って生まれた人には想像がつかないものがあると思います。

普段健康な人は体調がいいのが日常なので、自分が気を付けていれば病気にはならないものだという誤った認識でいることがあります。それは、鬱病を職場で公表せざるを得なくなった経験からよくわかります。

おそらく、病気の辛さがさっぱり想像がつかないのです。

その人の想像力の乏しさもあるのかも知れませんが、健康に恵まれた人や環境に恵まれた人には難しいのかも知れないと思います。

私は鬱に加えてメニエール病にもなり、今から思えば抗鬱剤の量が足りなくて15年以上健常な人と同等には働けませんでしたが、仕事量の調整にあたっては、仮病を疑ったのか何度も何度も診断書を出すよう求められ、職場の同じ部署全員にそれが回覧されるというようなこともありました(これは人権侵害にあたりますが抗議する気になれず、またそんな余裕もありませんでした)。

話を戻すと、人は、相手を悪く受け止めるときには自分の欠点を投影します。自分の中にある欠点が相手のものに見えるのです。

例えば鬱は仮病だというようなことを言うその人自身が、無意識にさぼる傾向のある人だといっていいでしょう。

自分自身ではコントロールできないものの筆頭である病気を、ある程度コントロールできる「癖」と捉えてしまう人は、何でも自分でコントロールしたがるけれども結局できない人であるように私には見えます(例えば発言をコントロールできない)。

それは簡単にいうと、自分にも他人にもないものねだりをして無理難題をいう人です。何でも思い通りにならないと気がすまないのです。

その人が仮に病気とは無縁の人であっても、やがては歳を取って肉体や頭脳が衰える。その時になって、それを自分がコントロールできないという事実に苦しむのは自分自身です。

私は15年間、仕事を続けるために24時間365日といっていいほど体調管理のことで頭が一杯でした。それでも体調はコントロールできず人並みには働けないので、肩身が狭くて自分が情けなくて仕方がありませんでした。歯がすり減っていたので歯を食いしばる癖を歯科医に指摘され、それ以上すり減らないようマウスピースをつけて眠らなければならないほど歯も食いしばりましたが(笑)、結局はそんなド根性ではなくて何錠かの薬の追加の方がよほど体調を良くしてくれました。

この議員がコントロールできないものをコントロールしようとして、私と同じ轍を踏む可能性は大いにあります。

健康な人ほど精神論をいうというのは、皮肉ですが事実です。

そしてたまたまこの人が口を滑らせただけで、このような人はごく普通にいます。

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