左右

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先日のように、憲法は古いので改正する必要が出てくるだろうというようなことを書くと右翼だと言われることがあるかも知れません。学生の頃教わった先生達は、おそらくほとんどが護憲の人であったと思いますし、今でも教えている人はそうなのだろうと思います。

自分では右翼でも左翼でもないと思っているのですが、共産党が強い京都に住んでいると、何となく自分は右なのではないかという気分になって来ます。

ですが、私は金子光晴の詩「落下傘」と「おっとせい」に深く共感しています。同調圧のもと日本人が戦争に突き進んで行く様子が、苦々しく表現されています。

金子光晴 2 | 詩のある暮らし Blog
      おつとせい         一     そのいきの臭えこと。    くちからむんと蒸れる。    そのせなかがぬれて、はか穴のふちのやうにぬらぬらしてること。    虚無(ニヒル)をおぼえるほどいや
今週の詩 | 落下傘  金子光晴
八月の石にすがりて さち多き蝶ぞ、いま、息たゆる。 わが運命(さだめ)を知りしの...

私は負けん気は強いですが、自分の方から誰かと喧嘩を始めたという記憶がありません。相手が仕掛けてきたら別ですが、争うことが好きではないのです。徒党を組むことは言わずもがなです。

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