石ころ

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何の脈絡もなく、ふと思い出したことを書いてみます。

20年くらい前、伯父の家で伯母と話していた時のことです。細かい内容は忘れてしまいましたが、確か海外旅行の話をしていて伯母が旅行先で買った品物のことを話していたのだと思います。伯母は自分の宝石箱を部屋から持って来て、私に中身を見せながら色々説明しようとしていました。

そこには宝石がはまった指輪がずらっと並んでいたのですが、それを見せられた私は何となくまず褒めないといけないような気がしたので、素直に「綺麗ですね」と言いました。その途端に珍しく機嫌が良かった伯母の口調がそれまでと変わって、刺々しい言い方で「あんたには石ころで十分!」と言ったのでひどく驚きました。一瞬何のことを言っているのかわからなかったです。

おそらく私がその宝石をうらやましい、欲しいと思って言ったのだと誤解したのだと思います。

以前にも書いたのですが、私はあまり宝石類に関心がありません。もちろん物欲がまったくない訳ではないですし、アクセサリー類は手作りするほど好きなのですが、自分で作ってしまうくらいに好みがはっきりしているのです。そして、ぴかぴかの宝石がはまっている指輪のようなものは正直言ってあまり好きではないです。

また、時計やアクセサリーは外では付けますがストレスになるというのかうっとうしく感じるので、どんなに気に入ったものでも帰宅すると同時に外してしまいます。おそらく発達障害だからだと思いますが、指輪は中でもうっとうしいものの筆頭なので今でもほとんど持っていません。ですが伯母の指には結婚指輪の他にいつも何かの石のはまった指輪があったので、宝石や指輪が好きで海外旅行で購入して集めていたのでしょう。

伯母は日頃から自分が中心人物でないと我慢出来ないような振る舞いをする人で、伯母が気に入る人はおべっかを使う人か腰が低くて愛想のいい人ばかりでした。伯母と話をする場合、最大限に伯母を持ち上げないととてもつっけんどんな応対が返って来るばかりでなくひどく嫌われるので、宝石を褒めたのも私の自衛の一環というのか習慣のようなものでした。

という次第でやむを得ずお世辞を言ったのに、それを欲しがっているかのように受け止められたのは私としては実に心外でしたが、誤解を解こうにもとりつく島がないというのか捨て台詞のような言葉だったので、黙ってしまうより他なかったです。

けれども、もし本当に宝石が好きで欲しいと思っていたのだとしたら伯母の言葉に傷ついたのではないかと思います。当時の私は院生で実際貧乏だったからです。

それからしばらくして、伯母は突然小さなルビーの指輪をくれました。伯母とはサイズが違っていたので、わざわざサイズも直してくれました。

やはり誤解は解けていなかったようです。私がねだったと思っていたのでしょう。

このような経緯で貰った指輪ですが、伯母には内緒ですけれども付けたことがありません。やはり私には宝石より石ころがふさわしいというのか(笑)、豚に真珠というのかネコに小判というのか、宝石のような豪華なものは自分でも苦笑するほど似合わないのです。

そして今この記事を書いていて気付いたのですが、京都に引越しした際にその指輪をどこにしまい込んだかわからなくなっています(笑)。

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