ASD(アスペルガー症候群)について

精神

WAIS-IIIの言語性IQと動作性IQの開きが30以上ありました。そして問診とAQテストでASD(アスペルガー症候群)と診断。

鬱状態が回復しても、生まれ持った特性を自覚しなければ再発するというのが医師の意見でした。

とてもあっさりとそう言われたのですが、自分では半信半疑でした。

何しろ、48年以上も自分が定型発達だと思って生きてきたのです。あなたは発達障害ですと突然言われて、そうですかわかりましたとすぐに納得できる訳がありません。

ですが、自分のこれまでの経験を思い返せば思い返すほど、困っていたことの大半が、発達障害に由来すると仮定するとうまく説明がつくことを否定できなくなりました。

鬱については一通り学んでいたので、鬱が遷延する人の多くには、一次障害として発達障害がみられるという知識はありましたし、何より夫の発達障害に気付いたのは自分であり、それなりに発達障害について調べてもいました。同じ鬱病の知人が医師に発達障害を疑われ、揉めているのも知っていました。

なのに、迂闊なことに自分が発達障害かも知れないとはつゆほども思ったことはなかったのです。

結局、自分が心から納得したのは、バロン=コーエンの「目から心的状態を読み取るテスト」(眼だけの画像で心情をあてるもの)がほとんど不正解だったときでした。

どうやら私は人の表情がほとんど読めないらしい、というよりも、私以外の人は私よりはるかに上手に読めるらしいということに気づいたことは、とてもショックでした。

そして、私は自分で顔の表情を作ることもあまりうまくできない。人の表情が読めないのだから当然です。例えて言うなら、耳が聞こえない人が言葉を話そうとするような困難さがある。いわば「表情盲」です。不十分とはいえ、声のトーンや口調によって相手の心情を推測する方が容易です。

人と一緒にいて、あるいは会話をして疲労するのは、表情が読めないことをカバーするために五感を研ぎ澄まし、言葉一つ一つを聞き漏らさないよう注意し、内容と相手の気持ちに合った返答をするために不完全ながらも表情を作る、ということを無意識のうちに全力でしていたからだということがわかりました。会話のキャッチボールなど定型発達の人には造作もないことが、私にとっては大きなハードルなのです。

表情は単なる一例で、それに始まり何から何まで、普通の人よりずっとキャパシティが小さいのに、日常生活を送る上で普通の人よりもエネルギーを使っていたから鬱病になったのだと納得しました。

受容するのに半年近くかかりました。

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